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東京高等裁判所 昭和28年(う)3074号 判決 1954年3月25日

控訴人 原審弁護人

被告人 松山光雄こと朴根石 外一名

弁護人 上村進 外二名

検察官 小出文彦

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人上村進の控訴趣意、被告人李憲の弁護人藤井英男と右弁護人上村進との共同の控訴趣意及び被告人李憲本人の控訴趣意はいずれも別紙記載のとおりで、これに対し次のように判断する。

上村弁護人の控訴趣意第一点並びに藤井、上村両弁護人共同の控訴趣意第一点の一及び第二点について。

論旨は、要するに、日本国内において日本国民一般の間に流通するものでなければ刑法第百四十九条第一項にいわゆる「内国ニ流通スル外国ノ紙幣」であるとはいえない、と主張するのである(上村弁護人は、さらに、日本国民一般に対して強制通用力のあるものでなければならないと主張している。)そして、原判決の引用する行政協定及び諸法令の規定並びに原審証人加藤恒三郎の供述を綜合すれば、本件の合衆国軍票は、アメリカ合衆国軍隊、その構成員、軍属、家族、軍人用販売機関、軍事郵便局、軍用銀行施設その他同国によつて特に認められた者が日本国内におけるその相互間の物品の売買その他の内部取引に伴う支払の方法として、また軍事郵便局又は軍用銀行施設を通じての外国向送金のため等に使用することを認められているものであるが、これら以外の者すなわち一般日本国民の間においては、その流通のみならずこれを所持することすら禁止されていることが認められる。従つて、それは日本国民の間において強制通用力をもつものでないことはいうまでもない。しかしながら、刑法第百四十九条第一項にいう「内国ニ流通スル」とは、内国において強制通用力を有することを意味するものではなく、事実上内国に流通することを指すものと解すべきであるから(同法第百四十八条第一項が「通用ノ」という語を用いているのに対し、右の第百四十九条第一項が「流通スル」という異なつた語を使用していることに注意すべきである。)、それが日本国民に対して強制通用力を有しないという一事からは軍票が刑法第百四十九条第一項所定の紙幣でないということはいえないのである。そこで、次に、右の軍票は日本国民の間に事実上流通しているものであるかどうかについて考えてみるとそれが国民間に一般に流通しているといえないことは公知の事実だといつてよいし、かりにそれがごく一部の限られた日本人間に流通している事実はあるとしても、それは前に述べたように法によつて禁止された流通であるから、この事実をとらえて右の軍票が「内国ニ流通スル紙幣」だとすることは無理であると考える。なんとなれば、通貨偽造罪に関する刑法の規定が保護しようとしている法益は、取引手段として経済生活の基本をなすところの通貨の真正に対する一般の信用であると考うべきであるから、法がその流通を禁止している貨幣のごときは当然その規定の対象から除外されているといわなければならないのであつて、もしこれを反対に解するならば、法は一方においてその流通を禁止しながら、他方においてその公の信用を保護するという明らかに矛盾した現象を認めなければならないこととなるからである。それゆえ、もし前記刑法第百四十九条第一項にいわゆる「内国ニ流通スル」を「内国に在る日本人間に流通する」の意に解しようとするならば、本件の軍票を同項所定の紙幣にあたるとすることは困難だといわざるをえない。しかしながら、ひるがえつて刑法第百四十九条の規定を見るのに、同条第一項にいう「流通」を広く日本国全体にわたる流通と解しなければならぬ根拠もなければ、その流通が日本国民間における流通でなければならないと狭く限定すべき理由も別段存しない。論旨は「内国」とは単なる地域を意味するものではなく、人的要素をも包含した概念だと主張するけれども、同条にいう「内国」とは刑法第一条にいう「日本国内」と同意義にこれを解すべきものであつて、要するに地域的な日本国領土を指す以上に特別の意味をもつものではないと考えなければならない。しかるに、すでに述べたように、本件の軍票は、日本人間においては流通を禁止されているけれども、日本国内に在る合衆国軍隊その他の者の間においては貨幣としての強制通用力を有し、かつ現に流通しているのである。としてみれば、その流通の範囲が人的に限定されており、また地域的にも制限されているとしても、いやしくも日本国領土内に合法的に流通している事実がある以上、やはりそれは前記法条にいう「内国ニ流通スル外国ノ紙幣」に該当するといわざるをえないのである。

もつとも、現行刑法制定当時においては、日本国内に外国の軍隊が駐留して本件軍票のようなものを使用するがごときことはあるいは予想しなかつたところであるかもしれない。しかし、たとえ当時予想しなかつた事態であるとしても、その事態が法のあらかじめ規定するところに合致する以上は、やはりその法の適用を免れないというべきである。従つて、原裁判所が本件の軍票を「内国ニ流通スル外国ノ紙幣」であるとして刑法第百四十九条第一項を適用したのは正当であつて(最高裁判所昭和二六年(あ)第二七三七号同二八年五月二五日第二小法廷決定参照)、そこに事実の誤認もなければ法令の適用の誤があるともいえない。論旨は、本件についてはむしろ「外国に於て流通する貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及び模造に関する法律」(明治三八年法律第六六号)を適用すべきだとも主張するが、同法律においては外国においてのみ流通する金銀貨紙幣その他のものだけしかその対象にならないのであるから、本件軍票が同法律の適用を受くべきものでないことは明白である。これを要するに論旨は理由がないといわなければならない。

上村弁護人の控訴趣意第二点及び藤井、上村両弁護人共同の控訴趣意第一点の二、三について。

上村弁護人の論旨の前段は、本件軍票は一般日本国民にとつてはその所持を禁止されているのであるから法律的には全然存在しない空なるものであつて、従つてこれを偽造するというのは法律上不能犯だというのである。しかしながら、一般に不能犯というのは、結果が現に発生しなかつた場合において、その結果の発生が元来不能だと考えられたときのことであるから、本件を不能犯の観念をもつて論ずるのは用語としてあたらない。むしろ論旨の真意とするところは、右の軍票は一般国民に対し所持すら禁ぜられているものであるから刑法第百四十九条第一項の対象とはならない、というにあるものと解せられるのであるが、この主張の採用できないことはすでに説明したとおりである。次に、論旨は、本件において作成されたものは真正の軍票との相似性が低く、従つて被告人らの所為はむしろ模造だというべきであつて到底偽造という程度には達しないと主張する。しかしながら、押収にかかる被告人ら作成の物品を同じく押収にかかる真正の軍票と対比して検してみると、少くとも一般人をして真正の軍票であると誤信せしめる程度に相似していることは明らかであつて、かくのごとく一般人をして真正のものと誤信させる程度のものを製出した以上、たとえその道の専門家が見ればその真正ならざることを容易に発見しうるとしても、その行為は偽造というに妨げないから、この点の主張も採用することができない。論旨は理由がない。

上村弁護人の控訴趣意第三点について。

通貨偽造罪における「行使ノ目的」とは、その偽造等にかかる通貨を真正なものとして流通に置く目的をいうのであるが、それは、偽造者自らがこれを流通に置くと他人を介して流通に置くとを問わないと解すべきである。しかるに、本件についてこれを見ると、原判決の判示するところによれば、被告人らはその偽造した軍票を他に売却するつもりであつたというのであつて、これは偽造軍票を真正なものとして円と両替することを意味するものと解せられるから、そのこと自体行使に該当することといわなければならないし、かりに直接にはその偽造であることの情を明かして他人に交付するにしても、その偽造軍票がその者の手を経ていずれは真正なものとして転輾流通することはみやすい道理であつて、またそのように流通されるのでなければ被告人らの意図するようにこれを売却することもできない筈であるからいずれにせよ被告人らに行使の目的があつたと見るべきことは明らかである。論旨は、被告人らはこの偽造軍票を商品として売却しようとしたもので、通貨として流通に置く意思はなかつたように主張するけれども、原判決挙示の証拠によれば、これを真正の通貨として流通に置く意思であつたことは明らかであり、一件記録を精査検討しても所論のような事実は認めることができない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 河原徳治 判事 中野次雄)

弁護人上村進の控訴趣意

第一点本件米国ドル紙幣は刑法第百四十九条に該当しないものである。内国に流通する紙幣ではない、即ち流通する紙幣とは内国に強制流通つまり強制通用する紙幣の意味であり此点第百四十九条と全然同義語である。強制通用はいう迄もなく日本人一般に対して自由に且つ無条件に所持し行使し得るものでなければ通用、若しくは流通とはいい得ないものである。然るに本件米国ドル紙幣が日本に於ける占領という特殊事情に基き占領法規に依つて一般にその所持を禁止され、従つて一般国民は所持を禁止され、従つて一般国民は所持すること及使用することの出来ないことは顕著な事実である。この一般的に使用すること即ち商品交換の具としての機能を喪失し貨幣としての法律的本質を変更されている米国ドル紙幣なるものは形態は紙幣として存在しても取引の実際に於いては一般的に国民の経済的法律的利用価値からは、紙幣として取扱うことは出来ないものであるといわねばならぬ。斯くの如き米国ドル紙幣を保護するために一般国民を処罰するという偽造罪の対象とすることは到底許されないものである。此点に於て本件行為は偽造罪を構成しないものといわねばならぬ。原判決は此点に於て事実の誤認と法律適用の錯誤のある判決で破毀すべきである。

同第二点従つて又本件は法律上不能犯である。偽造罪は一般人に通用している紙幣を基準にして、それと類似の紙幣を詐つて、通用されている貨幣を信用している一般人をだますというのが、その本質である。然るに本件米国ドル紙幣は一般国民は所持を禁止されている。即ち一般国民から観る時は法律上全然存在していない空なるものである。此存在していない空なるものを偽造するということは、全く観念的であつて、法律上不能のことに属する、従つて被告人の主観が如何に認識しようと又、如何に考へようと法律上客観的には不能の行為であつて、法律上不能のことに属する。従つて被告人の主観が如何に認識しようと又、如何に考へようと法律上客観的には不能の行為であつて、正に法律上の不能犯であり、従つて無罪であると断ぜざるを得ないものである。

又、本件の如き偽造の程度では結局ドル取扱業者をだます事は出来ない。ドル業者はその道にかけては専門家であり、敏感であつて到底被告等の為した偽造行為では目的を達する程度に達していない模造の程度で(専門業者に対しては)あり、外国通貨偽造罪の行為としては事実上の不能犯に属するものというべきである。此点に於ても本件行為は罪を構成しないものである。然るに原判決は此点を事実誤認した上に法律解釈を誤つたもので当然破毀されねばならない。

第三点本件被告等の行為は「行使にならない」という点に於ても亦罪を構成しないものである。元来通貨行使とは貨幣を、その本来の機能若しくは使命に従つて使用されて始めて行使となり、その本来の使命による使用の意思が行使の犯罪意思である。貨幣の機能若しくは使命が経済的に商品交換の具であることは弁ずる迄もない、即ち、通用とは結局「銭をやつて品物を取る」ということである、(両替は銭をとる)然るに本件被告等の行為はそれとは全然逆の行為をやらうとした即ち通貨にあらざる偽造物(偽造された米国ドルは通貨でない)即ち品物を持つて行つて米国ドル業者から本物の米国ドル通貨若しくは日本通貨を取つて来ようとしたものであるから結局「商品をやつて銭を取る」という行為を企図したのであつて通貨として行使する意思とは全然観ることの出来ないのである。即ち、正式な通貨行使の犯罪意思は全然認める事は出来ない、此点に於て、被告等が如何に考へ如何に認識しようと本件行為については、刑法上通貨偽造罪の意思、即ち犯罪意思を認めることは出来ないから此点に於ても本件行為は罪を構成しないものである。無価値の物品をやつて真の通貨を詐取しようとした行為と見るかどうかは全然別問題である。此点に於ても原判決は事実の誤認と法律適用を誤つたもので全然破毀すべきである。

弁護人藤井英男、上村進の控訴趣意

第一点の一、原判決は、被告人等は「内国に流通する米国軍票を偽造しようと企て」と、事実の認定をしたが、米国軍票は、内国には流通していない。「内国に流通する」というのは、単に地域的に日本国内に、というのに止まらず、日本国内において日本国民の間に全く流通禁止になつているものは、「内国に流通する」とは言へない。内国というのは、右のように土地的人的要素を包含した概念である。そもそも、「内国」の「国」又は「国家」の概念が、単なる土地の概念ではなく、領土と共に国民即ち人的要素を包含した概念である。「内国に流通する」とは、右のような意味であつて、日本の土地に流通していても、国民の間に全然流通していないものは、「内国流通」とは言えない。「内国」又は「外国」というのは、単に自然的な概念ではなく、同時に社会的な概念である。

二、次に原判決は、被告人等が判示の方法、材料を以て米国軍票を「偽造」したと事実認定をしている。しかし本件軍票十ドル券六百十枚(二十七年証第一二八八号の一七)及び公判廷における被告人李らの供述(第八回公判調書)を検討すれば、右十ドル券の印刷極めて拙劣で、用紙も全く紙質を異にし、日々取引に使用している者が一見して、直ちに軍票に非ざることが判明する程度のものであることが明らかである。被告人らも印刷はしてみたものの、余りに拙劣で、売る気もなくなつたと供述している程である。

三、右程度のものは、未だ軍票を偽造したというべきではなく、軍票に「紛わしい外観を有する物」を模造した程度に過ぎないものと言わなければならない。「偽造」とは、その相似性の程度が相当高く、本物の通貨の流通を侵害する程度の危険性を有するものと解すべきであつて、右の程度の相似性と危険性を有しないものは未だ「偽造」の観念をもつて律すべきでないと考へられる。本件程度のものは、未だ相似性も低く、危険性も極めて低く「偽造」というより、「模造」というべきが至当と考へられる。

同第二点 原判決には法令適用の誤りがあり、破棄を免れない。

一、原判決は被告人に刑法第百四十九条第一項を適用して有罪としたが、米国軍票は前述のように、「内国に流通する」とは言へない。これに右条項を適用したのは誤りである。

二、本件について強いて法令の適用をなすならば、明治三十八年三月二十日法律第六十六号「外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律」第五条を適用すべきものと考へられる。

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